Trans-pacific Research and Action Institute for the hisabetu-nikkei
被差別日系研究所
【最新情報】
【解説】
<被差別日系とは・定義と背景>
被差別日系とは、日本帝国主義による領土拡大や戦後米国の日本占領政策の結果、抑圧と排除の対象とされ、今なお社会的復権が認められずにいる人々の総称。2004年、米国人権活動家のMiho Kimが提唱し、国際的な人権活動の中で使われ始めたことばである。
これらの人々は、日本国籍を持っていたり、国籍がないために国家によって社会から法的に排除されていたり、生活空間や法的地位なども多様である。また、日本の植民地支配下に置かれた朝鮮人、アイヌ、琉球民族などとは異なる、被差別部落民などの社会的弱者も、「日本人」を定義して来たものから排除され差別の構造下におかれた被害者であるから、被差別日系に入る。
<被差別日系研究所とは>
当事者自身による、被差別日系にかかわる問題解決のための国際的なネットワークです。
日本の植民地主義が作り出した諸制度や、そこで醸成された差別により、今なお人々が構造的社会的差別の下に置かれ、改善がなされていない課題を解決するために、2006年末、日米二カ国の間で設立準備がなされました。
当研究所の目的は、国家や領土の狭間に置かれ、制度と法から排除された被差別民の文化やコミュニティを、被差別民が自らの力で再生し、普遍的人権の奪還を目指すことです。
近代日本の植民地政策は、戦後もその差別が構造的格差を固定化し、現在にまで至っています。被差別者に対する日本政府と社会の対応は一貫して「無視」であり、声を上げても「放置」し、うるさくなれば「排除」する、といった有形無形の支配を今なお繰り返しています。
他方、自らを救うために必要となる情報は、一般のメディアからは入手が困難で、また発言する場も奪われているため、被差別者はネットワークを築くこともできずに分断され続けて来ました。当事者の多くは、それらを運命のごとく受け入れてしまい、結果として自らの力で自らの環境を変える力を奪い取られたままの生活を強いられています。
奴隷構造の固定化(支配と抑圧の連鎖)から脱却するためには、まず、普遍的人権の視座に立ち、生活の場から被差別者自らの力を醸成し、当事者による参画をもって改善を図ることが求められます。当研究所は、そのための具体的な方法を見出す役割を担うものです。
同時に、現在まで温存されているこの差別構造は日本特有のものではなく、世界的な規模で繰り広げられた植民地主義の一端でもあります。
構造的差別の対象となった人々が、差別の構造を理解し、加害者を特定し、謝罪をさせ、原状を回復し、再発防止を試みるなら、「日本国家」という枠組みの中だけでは問題解決にはいたりません。まず、抑圧の構造(system of oppression)が構築されていく過程を、一国家の枠にとらわれず歴史的に検証していくことが求められます。被差別日系研究所は、そこからスタートします。
<活動の方向性>
- ソーシャル・エンタープライズ(事業部門)
- ※全ての人々を対象とする活動。
- 日本語、英語、韓国語、中国語による情報提供。
- 国際連帯。国連との連携。
- 被差別日系研究所(東京)と日本太平洋資料ネットワーク(オークランド)との提携で展開する、社会一般への啓発事業。
- 「被差別日系」コミュニティ・ビルディング
- ※当事者を対象とする活動。
- 当事者同士の連携、出会い、学習、リーダーシップの養成、地域づくり、意思表明など。
【オフィス】
| 所在地 | 名称 | 開設日 |
|---|---|---|
| 米国 | 被差別日系オークランド事務所 | 2007年9月開設 |
| 日本 | 被差別日系東京銀座事務所 | 2007年9月開設 |
| 日本 | 被差別日系神戸芦屋事務所 | 2008年1月開設 |
| 韓国 | 被差別日系ソウル事務所 | 2008年開設予定 |
